過敏性腸症候群(IBS)とは
病院の検査では異常がないのに、下痢や便秘をくりかえす病気です。
西洋医学では過敏性腸症候群の原因が明確になっていないため、なかなか思うような改善が見られず、漢方薬による治療を期待されることの多い病気の一つです。
過敏性腸症候群(IBS)の症状
症状は人により様々ですが、週に1回以上の頻度で腹痛・便秘や下痢などの便通異常・お腹の張りなどの症状が現れます。
共通していることは、大腸がんや炎症性腸疾患がなく、甲状腺の機能や糖尿病などの影響によるものでもない、という点です。つまり、腸そのものの異常ではなく、腸の働きに問題があるということです。
10~20代の比較的若い方に多いとされますが、50~60代になって発症する方も少なくありません。
便の形状により、下痢型、便秘型、混合型、分類不能型の4つのタイプがあります。下痢型は男性に多い傾向があり、便秘型は女性に多い傾向があります。
過敏性腸症候群(IBS)の原因
西洋医学的な原因は明確になっていません。
一方で、過敏性腸症候群は心理的要因(ストレス)が強く影響していることが分かっています。
大きな試験や重要な会議の前に、緊張しておなかが痛くなったことはありませんか?
これは、緊張や不安感により自律神経が乱れ、その結果として腸の動きが乱れた状態です。
自律神経は、活発な運動に関係する交感神経と、リラックスに関係する副交感神経があります。通常は、この交感神経と副交感神経が上手に切り替わりながら健康な日常生活を送っています。
ストレスにより気持ちが乱れるから、自律神経の切り替えリズムが乱れる。その結果として腸の動きも乱れる。これが心理的要因と過敏性腸症候群の関係です。
過敏性腸症候群(IBS)と食事の関係―低FODMAP食
近年では、過敏性腸症候群の症状の悪化と食事の内容に深い関係があることが分かってきました。
そこで注目されているのが「低FODMAP食」です。
FODMAP(フォドマップ)とは、発酵性の糖質・オリゴ糖・二糖類・単糖類・糖アルコールの英語の頭文字を組み合わせたもので、小腸で吸収されにくく大腸で発酵しやすい糖類の総称です。FODMAPは大腸の腸内細菌により発酵され、ガスが発生して、腹部膨満やけいれん痛が生じます。
まずは日常の食事を見直し、可能な限り高FODMAP食を避けてみましょう。
高FODMAP食(=避けたい食材)の例
納豆、きな粉、ごぼう、玉ねぎ、えんどう豆、にんにく、絹ごし豆腐、小麦、牛乳、ヨーグルト、アイスクリーム、はちみつ、果物、シュガーレス菓子、プルーン、イチジク、マッシュルーム、ウーロン茶 など
低FODMAP食(=食べてもOK)の例
米、玄米、十割蕎麦、ビーフン、フォー、卵、牛肉、鶏肉、豚肉、魚、トマト、ホウレンソウ、カボチャ、ダイコン、ジャガイモなどの野菜、木綿豆腐、メープルシロップ、バター、マーガリン、緑茶、紅茶 など
過敏性腸症候群(IBS)の漢方薬を用いる利点
漢方薬は調整的に作用する
―桂枝加芍薬湯の効能・効果―
体力中等度以下で、腹部膨満感のあるものの次の諸症:しぶり腹、腹痛、下痢、便秘
<効能・効果に関連する注意>
しぶり腹とは、残便感があり、くり返し腹痛を伴う便意を催すもののことです。
下痢と便秘をくり返すタイプの過敏性腸症候群の方の場合、一般的な西洋医学の薬では、下痢止めを使うべきなのか便秘薬を使うべきなのかの判断や調整が難しいことがあります。
一方、過敏性腸症候群の第一選択薬とされる桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)は、下痢にも便秘にも使うことができます。
桂枝加芍薬湯に配合されている芍薬(しゃくやく)という生薬には、筋肉や精神の緊張を緩めるはたらきと、筋肉の痙攣を鎮めるはたらきがあります。便秘の時には芍薬は腸の緊張を緩め、スムーズな排便を促します。一方、下痢の時には芍薬が腸の過剰な動きや痙攣を抑えることで下痢症状を緩和します。
便を「出す」あるいは「止める」という一方向だけの作用ではなく、お腹の状態に合わせて作用が変わる、お腹の状態をちょうどいい具合に調整してくれるという点が漢方薬の大きな利点です。
一種類の漢方薬で、複数の症状に対応できる
―半夏瀉心湯の効能・効果―
体力中等度で、みぞおちがつかえた感じがあり、ときに悪心、嘔吐があり食欲不振で腹が鳴って軟便又は下痢の傾向のあるものの次の諸症:急・慢性胃腸炎、下痢・軟便、消化不良、胃下垂、神経性胃炎、胃弱、二日酔、げっぷ、胸やけ、口内炎、神経症
半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)は、桂枝加芍薬湯とともに過敏性腸症候群の第一選択薬のひとつです。
半夏瀉心湯の効能には、消化器症状である「下痢・軟便」と、精神症状の「神経症」の記載があります。西洋医学であれば、それぞれの症状に対して下痢止めと抗不安薬(もしくは安定剤)が出されることでしょう。漢方薬であれば、1種類の薬で様々な症状に対応できるという利点があります。
漢方医学では、こころとからだは別々に存在するのではなく、お互いに深い関係があると考えます。
現代医学的にも過敏性腸症候群は心理的要因(ストレス)と関係が深いことが分かっています。お腹の調子が安定するから気持ちも安定する、気持ちが安定するとお腹も安定する。過敏性腸症候群の治療においては、こころとからだを一つと考え、全体を大きく見渡す漢方薬が適していると言えるのではないでしょうか。
過敏性腸症候群(IBS)の漢方治療のポイント
①メンタル面を重視する
精神的なトラブルが胃腸の機能を阻害することを、漢方では肝脾不和(かんぴふわ)といいます。簡単に言えば、「気持ちが不安定だから胃腸も不安定になる」ということです。
とくに下痢便秘交互型や、ガス型では、メンタル面へのアプローチが重要になります。
代表的な漢方薬として、気のめぐりを改善する作用のある柴胡(さいこ)、芍薬(しゃくやく)を含む柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)や柴芍六君子湯(さいしゃくりうんしとう)、四逆散料(しぎゃくさんりょう)、加味逍遙散料(かみしょうようさんりょう)があります。
②冷えを改善する
健康な方でも、お腹を出して寝てしまえば冷えて痛くなるものです。西洋医学ではほとんど重視されませんが、漢方医学では冷えをとくに重視します。
お腹をしっかりと温める作用のある乾姜(かんきょう)や山椒(さんしょう)、桂皮(けいひ)などの生薬を含む漢方薬として、人参湯(にんじんとう)、小建中湯(しょうけんちゅうとう)、大建中湯(だいけんちゅうとう)などがあります。
③下剤の使用は最小限にする
「下剤を服用して便が出ているからOK」ではありません。下剤の種類にもよりますが、長期的な服用により、かえって腸の動きが低下してしまう場合もあります。過敏性腸症候群は器質的な病気ではなく、機能的な病気です。本来の腸の動きを取り戻し、自然な排便リズムを取り戻すことが大切です。
下剤が配合されていない便秘改善薬として、大建中湯(だいけんちゅうとう)や桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)、加味逍遙散料(かみしょうようさんりょう)などがあります。
④おなかの力を高める
漢方では胃腸に力がなく弱っている状態を漢方では脾虚(ひきょ)といいます。
過敏性腸症候群では、おなかの力が弱いから便を出せない(便秘型)、おなかが弱いから便を保てない(下痢型)、おなかが弱いから気持ちの揺らぎに排便が左右される(下痢便秘交互型)と考えることができます。実際の治療の場面では、ついつい便の性状や腹痛の度合いなど「調節」に目が行きがちですが、それだけではなく元気を「補う」という視点も重要になります。
おなかの力を高める漢方薬として小建中湯(しょうけんちゅうとう)や参苓白朮散料(じんりょうびゃくじゅつさんりょう)、柴芍六君子湯(さいしゃくりくんしとう)などがあります。
過敏性腸症候群(IBS)を改善する漢方薬
過敏性腸症候群の症状は一人ひとりで異なります。また、同じ方でもその時々で家庭や仕事の状況は変化しますし、季節によっても体調は変化します。そのため、必ずしも一種類の漢方薬を飲み続けるのではなく、その時の体調や状況に合わせて漢方薬を選択していく必要があります。
ここでは、過敏性腸症候群の治療に頻用される漢方薬をご紹介します。
1.第一選択薬
桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう):腹痛、腹満がある方に
半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう):口内炎、おなかがゴロゴロなる方に
2.下痢型
人参湯(にんじんとう):冷えると胃が痛くなる方に
真武湯(しんぶとう):冷えると下痢になり、下痢をするとぐったりする方に
3.便秘型
桂枝加芍薬大黄湯(けいしかしゃくやくだいおうとう):便秘の症状が重い方に
大建中湯(だいけんちゅうとう):冷えがあり、ガスがたまりやすい方に
4.下痢便秘交互型
四逆散(しぎゃくさん):ストレスで胃が痛くなる方に
柴胡桂枝湯(さいこけいしとう):ストレスや自律神経の乱れがある方に
小建中湯(しょうけんちゅうとう):瘦せ型で腹直筋の緊張が強い方に
加味逍遙散(かみしょうようさん):月経と関連して症状が現れる方に
おわりに
過敏性腸症候群の方のお腹はとても繊細な状態です。漢方薬と言えども、適切でない薬では効果がないばかりか、かえって症状を長引かせてしまうこともあります。
また、過敏性腸症候群の方は健康な方と比べて、胃の痛みや食欲不振を起こす機能性ディスペプシア(FD)や、胸やけや呑酸を起こす胃食道逆流症(GERD)を合併する確率が2倍以上と推定されています。早めの体質改善をおすすめいたします。
過敏性腸症候群は漢方薬が得意とする疾患のひとつです。
まずはお気軽にご相談ください。