抜毛症(トリコチロマニア)とは
抜毛症の症状
抜毛症はトリコチロマニアとも呼ばれ、自分の髪の毛をくり返し抜いてしまう病気です。頭髪だけでなく、まゆ毛やまつ毛を抜いてしまうこともあります。
抜毛症は、学童期の子どもや思春期の女性に多い症状です。
毛を抜く範囲は個人差があり、一部分の毛髪が完全になくなる方もいれば、薄くなるだけの方もいます。まゆ毛だけ、まつ毛だけがなくなる場合もあります。
抜毛症は美容目的(あるいは醜形恐怖症)で体毛を抜いているのではありません。また、毛を抜くことをやめようとしたり、抜く頻度を減らそうとしたりしてもできません。
抜毛症は強迫症(強迫性障害)の一種とされ、こころの病気です。
皮膚の病気ではないため、抜毛をやめれば再び毛は生えてきます。
抜毛症の原因と西洋医学的治療法
抜毛症の原因は、精神的なストレスと考えられています。
多くの場合、学校や家庭における人間関係のストレス、進学や転校などによる環境変化のストレスがきっかけとなり抜毛症を発症します。
不安や緊張を感じているときに髪を抜いたところ、髪を抜いた痛みで気持ちがやわらいで髪を抜くことがクセになっていきます。抜毛症は一種の自傷行為であり、やがてエスカレートしていきます。初めのうちは意識的に髪を抜いていても、やがて無意識に髪を抜くようになり、自分自身ではコントロールできなくなっていきます。
抜毛症の治療では、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)などの抗うつ薬や抗不安薬が用いられます。また、認知行動療法として、髪を抜きたい衝動を感じた時に両手を握る、両手を軽く回すなど抜毛以外の行動に置き換えていく習慣逆転方も用いられます。
抜毛症(トリコチロマニア)の漢方治療
抜毛症は気と血のトラブル
漢方医学には、からだを構成する基本的な物質としての「気血水(きけつすい)」という考え方があります。気・血・水それぞれの不足や滞りがさまざまな不調を引き起こすという考え方です。
抜毛症においては、気(き)と血(けつ)が深く関係しています。
気(き) | 元気、やる気、勇気の本質 体を温める働き 免疫力、抵抗力を高める |
血(けつ) | 体のすみずみまで栄養を届ける 意識や思考を正常にする 肌や髪に栄養を与える 生理を正常にする |
水(水) | 粘膜を潤す 関節を滑らかにする 気の流れを整える |
気血水には様々なはたらきがありますが、ここでは、
- 気は、気持ちそのもの
- 血は、こころの栄養
とご理解ください。
気のめぐりを改善し、ストレスを受け流す
嫌なことや辛いことがあっても、じっと我慢してし気持ちを抑え込み続けると、気のめぐりが悪くなります。
気のめぐりが悪く感情が不安定な状態を気滞(きたい)といいます。さらに気のめぐりが悪い状態が続き、感情が抑え込まれてしまった状態を気鬱(きうつ)といいます。
抜毛症は、ストレスが原因です。押し固められた気(感情)を外に出せないから、代わりに髪を外に出している(抜いている)病気です。髪を抜くことが精神の安全弁になっているとも言えます。無理に髪を抜くなと言っても、それでは本人が苦しいだけです。やはり、根本的にはストレスを処理してあげる、漢方的に言えば気のめぐりを改善してあげることが必要です。
人間社会において、ストレスを完全になくすことはできません。
では、どうしたらよいか?
食べ物は口から入り、消化され排出されます。それと同じように、入ってきたストレスを上手に処理して、ため込まずに出していけばよいのです。
これが、「気のめぐりをよくする」ということです。
気のめぐりを改善する生薬として、固くなった気を解きほぐす柴胡(さいこ)や芍薬(しゃくやく)、やさしい香りで気をめぐらせる蘇葉(そよう)や陳皮(ちんぴ)、気持ちの高ぶりを落ち着かせる竜骨(りゅうこつ)や牡蛎(ぼれい)などの生薬があります。
血の不足を改善し、こころに潤いを取り戻す
漢方における血(けつ)は、西洋医学的な血液とはやや異なり、こころ(精神)とからだ(肉体)に栄養と潤いを届けるはたらきがあると考えます。
血(けつ)が不足すると、こころの栄養が不足するため、正常な精神の機能が失われてしまいます。
家庭環境や学校環境などにとくに目立ったストレス因子がないにもかかわらず、漠然とした不安を感じる、眠りが浅い、夢を多く見る、動悸がする、驚きやすいなどの症状がある場合は、こころの栄養不足、すなわち血(けつ)の不足の可能性が考えられます。
漢方医学では、血が不足した状態を血虚(けっきょ)といいます。
成人の場合、過労や過度なダイエットが血虚の原因となります。
一方、子どもの場合、とくに小学校高学年から高校生にかけては急激な成長に血の生成が追い付かず、相対的に血が不足し血虚となることがあります。また、女の子の場合は月経周期の短さや、経血が多すぎることなどが血虚の原因となることもあります。
血虚を改善し、こころの潤いを取り戻す生薬として、当帰(とうき)や芍薬(しゃくやく)、龍眼肉(りゅうがんにく)、熟地黄(じゅくじおう)などが頻用されます。
実際の漢方相談における抜毛症の考え方
抜毛症は精神的な疾患ですので、漢方治療においては気のめぐりや血の不足を中心に治療方針を考えていきます。
しかし、人の心身はたいへん複雑にできていますので、全体を大きく見渡すことで意外なところに解決の糸口が見つかる場合も少なくありません。
一例をあげるとすれば、
胃腸が弱いために栄養を十分に吸収することができず、気や血が不足し、精神がパワー不足になる。その結果としてストレスに負けやすくなっている。この場合は、ストレスを中心とした治療ではあまり効果がありません。胃腸の機能を高め、心身の活力を高める必要があります。
つまりは、精神安定薬ではなく、胃腸薬でなければ改善できない抜毛症もあるということです。
あるいは、慢性的な肩こりや片頭痛でもストレスを感じますし、人によってはニキビで強いストレスを感じることがあります。
抜毛症の原因がストレスであることに異論はありませんが、その背景にまで目を向けることが抜毛症を改善するカギとなります。
抜毛症(トリコチロマニア)を改善する漢方薬
抜毛症の漢方治療では、
- 加味逍遙散料(かみしょうようさんりょう)
- 加味逍遙散料加川芎地黄(かみしょうようさんりょうかせんきゅうじおう)
- 抑肝散料加陳皮半夏(よくかんさんりょうかちんぴはんげ)
- 抑肝散料加芍薬黄連(よくかんさんりょうかしゃくやくおうれん)
- 柴胡加竜骨牡蠣湯(黄芩)(さいこかりゅうこつぼれいとう・おうごん)
- 柴胡桂枝乾姜湯(さいこけいしかんきょうとう)
- 半夏厚朴湯(はんげこうぼうとう)
- 香蘇散料(こうそさんりょう)
などが使用されます。
これらの漢方薬は、いずれも気のめぐりを改善し不安神経症や神経過敏を改善する処方です。抜毛行為を無理やりやめさせる薬ではありません。髪を抜かなければならないほどの辛い精神状態を楽にすることで、髪を抜く必要のない状態を目指す漢方薬です。
おわりに
抜毛症は漢方薬を飲めば1週間で改善する病気ではありません。
ときには半年から1年以上の期間を要する場合もあります。
何よりも大切なことは、患者さんご本人のこころの声に耳を傾け、つらい気持ちに寄り添うことです。
ゆっくりとお話ししながら、改善に向けて一緒に頑張りましょう。
まずはお気軽にご相談ください。