胃痛の原因

胃の痛みは日常的にみられる症状のひとつです。胃の粘膜に急性の炎症が起きているものを急性胃炎、胃粘膜の炎症が慢性化したものを慢性胃炎といいます。また、症状があるにもかかわらず、内視鏡などの検査をしても炎症や潰瘍などの異常が見られないものを機能性ディスペプシアといいます。

胃の痛みの原因は多岐ににわたります。

  • 暴飲暴食
  • 香辛料やコーヒーなどの刺激物の過剰摂取
  • アルコール
  • タバコ
  • 医薬品の副作用(鎮痛剤、ステロイド、抗生剤など)
  • サルモネラ菌やボツリヌス菌などの感染症
  • ストレス
  • ピロリ菌(Helicobacter pylori) など

本記事では、当薬局へ相談の多いストレスによる慢性的な胃の痛みについてお話いたします。

ストレスと胃痛の関係

胃の攻撃因子と防御因子

胃液の主な成分は塩酸(胃酸)、ペプシノーゲン、粘液の3つです。

塩酸(胃酸)は、飲食物を殺菌し腐敗・発酵を防ぐ働きをしています。また、鉄やカルシウムを吸収しやすくする働きもあります。ペプシノーゲンは塩酸にふれると消化酵素のペプシンに変わります。ペプシンはたんぱく質を分解する働きをします。

粘液は胃粘膜をおおい、塩酸やペプシンが胃粘膜にじかに触れないようにしています。強い酸性の塩酸や、たんぱく質を分解する作用があるペプシンが胃粘膜につくと、粘膜がただれを起こしてしまいますが、そうならないのは粘液が守っているからです。

塩酸(胃酸)とペプシンは攻撃因子、粘液は防御因子と呼ばれます。

自律神経が胃の機能を調節する

自律神経には、日中の活動的な時に働く交感神経と、夜間やリラックスしているときに働く副交感神経(の2種類があります。交感神経と副交感神経は、まるでシーソーのようにお互いにバランスをとりながら、からだのリズムを調節しています。

胃液の分泌を調整しているのは自律神経とホルモンです。

食べ物を見たり、想像したり、においや味を感じると、脳が副交感神経を刺激し、胃液が分泌されます。胃に食べ物が入った時には胃の幽門腺からガストリンというホルモンが分泌され、塩酸の分泌を増し、胃の運動を促進します。そして、十二指腸に食べ物が入るとセクレチンというホルモンの働きで、塩酸の分泌は抑制されます。

一方、仕事や感情の高ぶりなどで緊張状態の時には、交感神経の働きが優位になり、胃液の分泌は抑制されると考えられています。

ストレスで自律神経が乱れ胃が痛くなる

ストレスを受けると交感神経が活発になります。交感神経が活発になると胃の血管が収縮し、胃粘膜の血流が悪化、胃の粘液の分泌が低下します。これがストレスによる胃の防御因子の低下です。

ストレス状態が続き、交感神経が過剰に興奮した状態が続くと、からだは今度は副交感神経を活発にすることで何とかしてバランスをとろうとします。副交感神経の働きにより胃の蠕動運動が活発になり、攻撃因子である胃酸が過剰に分泌されてしまいます。

胃を守るための粘液の分泌が低下した状態で、胃酸の分泌が増えるため胃痛や胸やけがおこります。

つまり、ストレスによる胃痛や胸やけは必ずしも胃だけに問題があるのではなく、胃の攻撃因子と防御因子のバランス不調を引き起こしている自律神経の乱れこそが本当の原因といえます。

ストレス胃痛の西洋医学的な治療

胃痛症状に用いる薬は、攻撃因子を押さえる薬と防御因子を高める薬に分類されます。

攻撃因子を押さえる薬として、H2ブロッカーやPPI(プロトンポンプ阻害薬)、抗コリン薬、制酸剤が用いられます。防御因子を高める薬としては、組織修復促進薬や胃粘膜保護薬、プロスタグランジン製剤や抗ドパミン薬が用いられます。

一言に胃薬と言っても薬ごとに働きや特徴が異なるため、必要に応じて複数の胃薬を組み合わせて処方されることも少なくありません。

これらの薬は、いわゆる“怖い薬”ではありませんし、一定の効果も期待できます。しかし、あくまで症状を抑えるための対症療法であり、ストレス胃痛の根本的な原因である自律神経の乱れに対して十分なアプローチが出来ているとは言い難いのも事実です。

ストレス胃痛の漢方治療

ストレス胃痛は肝(かん)と脾(ひ)の不調

五臓図
肝(かん)自律神経を介した機能調節
ストレスに関連
体内の血液量を調節する
月経を調節する
心(しん)心臓や血液循環を整える
意識や精神を正常にする
睡眠に関係
脾(ひ)消化吸収の中心
食物から気を生み出す
血管を丈夫にする
肺(はい)呼吸機能の中心
気を生み出す
体液のバランスを整える
免疫を整える
腎(じん)成長、生殖、老化の中心
水の巡りを整える
泌尿器の中心
中枢神経系に関連
ホルモンなどを調節

漢方医学では内臓を肝(かん)、心(しん)、脾(ひ)、肺(はい)、腎(じん)の五つに分類し、内臓同士の関わりからストレス胃痛の改善方法を探ります。

ストレスを感じた時に痛みが生じる胃や十二指腸は、漢方医学では脾(ひ)に分類されます。

肝(かん)はストレスや自律神経と関わりが深く、胃や十二指腸だけでなく様々な臓器やからだ全体のリズムを調節する働きがあります。

ストレスにより自律神経が乱れ、胃の攻撃因子と防御因子のバランス調節機能が乱れ胃の痛みを生じている状態、漢方の言葉で言えば肝の不調が脾の不調を引き起こしている状態を肝脾不和(かんぴふわ)といいます。

肝脾不和の状態を改善するためには、弱った胃腸の機能を回復させると同時に、乱れた自律神経のバランスを正常化する漢方薬を用います。

また、自律神経の乱れは必ずしも胃の痛みだけを引き起こすものではありません。不眠や肩こり、便通異常、月経不順などを引き起こすこともあります。胃の痛みに用いる漢方薬で同時に不眠や肩こりも改善できるのは、一見ばらばらに見える不調に共通する根本的な原因にアプローチできるからです。

ストレス胃痛を改善する漢方薬

ストレス胃痛を改善する漢方薬として、

などがあげられます。

本記事では当薬局でストレス胃痛の改善に頻用する柴胡桂枝湯、四逆散料、甘草瀉心湯、香砂六君子湯の四処方を解説いたします。

柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)

柴胡桂枝湯は自律神経の乱れによる種々の不調に幅広く対応できる漢方薬です。ストレス状態が長引き胃痛だけでなく頭痛や腹痛、不安、不眠、動悸、のぼせなどの症状もあり、どこの病院に行けばよいのか分からないような状態の方に適しています。

即効性を求める対症療法の薬ではなく、乱れた自律神経のバランスを整えることで、じっくりと体質から改善していくことを目的とした漢方薬です。

◆柴胡桂枝湯の効能・効果◆
体力中等度又はやや虚弱で、多くは腹痛を伴い、ときに微熱・寒気・頭痛・はきけなどのあるものの次の諸症:胃腸炎、かぜの中期から後期の症状

四逆散料(しぎゃくさんりょう)

柴胡桂枝湯と同じく、自律神経の乱れによる様々な不調を改善する漢方薬です。緊張状態が続き胃の痛みとともに精神的な落ち込みやうつ傾向がある方に適しています。

◆四逆散料の効能・効果◆
体力中等度以上で、胸腹部に重苦しさがあり、ときに不安、不眠などがあるものの次の諸症:胃炎、胃痛、腹痛、神経症

甘草瀉心湯(かんぞうしゃしんとう)

“瀉”は流す、取り除くの意味です。こころのつかえを取り除くことで胃腸の不調を改善します。胃痛とともに慢性的に下痢や軟便が続いている方に適しています。おなかがゴロゴロと鳴る方にはとくにおすすめの漢方薬です。

名前の似ている半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)のほうが有名ですが、不安感や不眠などの精神症状がある場合には甘草瀉心湯の方が適しています。

◆甘草瀉心湯の効能・効果◆
体力中等度で、みぞおちがつかえた感じがあり、ときにイライラ感、下痢、はきけ、腹が鳴るものの次の諸症:胃腸炎、口内炎、口臭、不眠症、神経症、下痢

香砂六君子湯(こうしゃりっくんしとう)

胃もたれや食欲不振がある方に適した漢方薬です。慢性的に胃腸の機能が低下し、疲労感がある方の体質改善に用いる六君子湯(りっくんしとう)に香附子(こうぶし)、縮砂(しゅくしゃ)、藿香(かっこう)という3種類の芳香性健胃薬を加えた処方です。

◆香砂六君子湯の効能・効果◆
体力中等度以下で、気分が沈みがちで頭が重く、胃腸が弱く、食欲がなく、みぞおちがつかえて疲れやすく、貧血性で手足が冷えやすいものの次の諸症:胃炎、胃腸虚弱、胃下垂、消化不良、食欲不振、胃痛、嘔吐

おわりに

  • 胃薬を飲んでいるけど、あまり効果を感じない。
  • 胃薬を飲めば大丈夫だが、薬を飲まないとすぐに胃が痛くなる。
  • 胃も痛いし、食欲もないし、肩も凝るし、寝つきも悪い。
  • ストレスを溜めないように言われても、そんなの無理!

このようなお悩みの方には漢方薬で体質から改善していくことをおすすめします。

慌ただしい現代社会ではあらゆる場面でストレスを感じますが、だからと言って胃が痛くていいことは一つもありません。まずはお気軽にご相談ください。