不眠症とは
不眠症とは、睡眠時間の長さにかかわらず、朝目覚めた時に睡眠不足と感じ、そのために日中に倦怠感、意欲低下、集中力の低下、食欲低下などの不調が出現する病気です。
不眠症には、大きく分けて4つのパターンがあります。
- 入眠困難:なかなか寝付けない
- 中途覚醒:夜中に何度も目が覚めてしまう
- 早朝覚醒:朝早く目が覚めてしまい、その後眠れない
- 熟眠障害:眠りが浅く、睡眠時間のわりに熟睡した感じが得られない。
不眠症は慢性不眠症と短期不眠症の二つに分けられます。不眠と日中の不調が週に3日以上あり、それが3カ月以上続く場合は慢性不眠症、3カ月未満の場合は短期不眠症と診断されます。不眠は誰でも経験しますが、いったん慢性不眠症に陥ると適切な治療を受けないと回復しにくいといわれています。
不眠症の原因は大きく分けて5つに分類されます。
- 痛みや痒み、頻尿などの身体的要因
- うつなどの精神疾患
- ストレスや興奮などの心理的要因
- アルコールやカフェイン、および抗うつ薬、ステロイドなどの薬剤性要因
- 不適切な環境、生活習慣などの生理的要因
不眠の原因はストレス・こころやからだの病気・薬の副作用など様々で、原因に応じた対処が必要です。不眠が続くと不眠恐怖が生じ、緊張や睡眠状態へのこだわりのために、なおさら不眠が悪化するという悪循環に陥ります。
不眠症の治療では、対症療法としてゾルピデム(商品名:マイスリー)やブロチゾラム(商品名:レンドルミン)睡眠薬が使用されますが、「薬を飲んで眠れているからOK」というものではありません。不眠症の原因に合わせた適切なアプローチが必要です。
不眠症の漢方での考え方
眠りを妨げる不調を改善する
漢方薬には、強制的に眠らせる睡眠導入剤はありません。
睡眠はもともと人間がもっている本来のリズムです。
漢方薬による不眠症の治療では、自然な眠りを妨げる原因を改善することで、本来の睡眠リズムを取り戻すことを目的としています。
自然な眠りを妨げる原因は、一般的に言われる精神的なストレスやカフェイン、就寝前のブルーライトなどだけではありません。血行不良や冷え、自律神経の乱れ、軟便や下痢などの便通異常、胃弱、加齢など、一見関係なさそうな不調が不眠症の原因となります。
一例として、夜になると足の裏がほてって眠れないという方がおられます。そのような方に精神安定剤や睡眠導入剤はあまり意味がありません。漢方薬でからだに潤いを与えつつ、こもった熱をほどよく冷ますことで、足のほてりを気にすることなく心地よい睡眠を取り戻せます。
逆に足先が冷えて眠れない方には、血のめぐりや女性ホルモンの不調を改善することで足先まで温かくなり、ぐっすりと眠れるようになります。
また、一般的に睡眠は疲労を回復させるためにあるとされており、適度な疲労感は睡眠の質を上げると言われています。ですが、すごく疲れているはずなのに寝れないという方も少なくありません。このような場合は、元気の出る漢方薬をご提案いたします。元気が出るとかえって眠れなくなるようにも思えますが、疲れ過ぎが原因で眠れない、眠りに入る元気すらない、という西洋医学にはない視点からの改善方法になります。
一言に不眠といっても、その症状や原因は一人ひとり異なります。そのため、不眠症の改善にはさまざまな漢方薬が用いられます。
本記事でそのすべてをご紹介することはできませんが、当薬局で使用する機会の多い処方をご紹介いたします。
不眠症の治療に用いる漢方薬
1.イライラして眠れない
イライラすることが続くと、布団に入っても興奮が冷めずになかなか寝付けないものです。
漢方医学では怒りの感情は肝(かん)がコントロールしていると考えます。漢方医学でいう肝(かん)は、西洋医学的な肝臓とはやや異なり、自律神経や筋肉の動き、怒りの感情をコントロールしていると考えられています。
肝(かん)のはたらきを助け、イライラした気持ちを落ち着かせることで、自然な眠りを取り戻す漢方薬に抑肝散(よくかんさん)や抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)があります。
2.不安感が強くて眠れない
不安症(不安障害)やうつ病では様々な精神症状や身体症状が現れますが、不眠もその一つです。
漢方では不安症を、こころのエネルギーである気(き)のめぐりが滞り、ストレスを受け流せなくなった状態と考えます。
停滞した気のめぐりを整えることで、こころの状態を安定すると、安心してぐっすりと眠れるようになります。
代表的な漢方薬として半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)、香蘇散(こうそさん)、四逆散(しぎゃくさん)、桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)があります。
とくに、「今夜も眠れなかったらどうしよう」と不安になり、ドキドキと動悸を感じる方には、気持ちを静める竜骨(りゅうこつ)と牡蛎(ぼれい)の配合された桂枝加竜骨牡蛎湯が適しています。
3.途中で目が覚めてしまう
自律神経には、日中の活動的な時に働く交感神経(こうかんしんけい)と、夜間やリラックスしているときに働く副交感神経(ふくこうかんしんけい)の2種類があります。交感神経と副交感神経は、まるでシーソーのようにお互いにバランスをとりながら、からだのリズムを調節しています。
ストレスがたまると交感神経が過剰に刺激され脳が興奮するため、熟睡できず途中で目が覚めてしまいます。
中途覚醒が気になる方には、ストレスを緩和し、自律神経のバランスを整える柴胡(さいこ)の配合された漢方薬が適しています。
代表的な漢方薬として、加味逍遥散(かみしょうようさん)、柴胡桂枝乾姜湯(さいこけいしかんきょうとう)、柴胡加竜骨牡蠣湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)があります。
加味逍遥散は、一般的には月経前症候群(PMS)や月経不順の改善に使用するため、「女性の漢方薬」のイメージがありますが、男性でも服用することができます。血流改善作用にも優れ、手足の冷えや肩こりなどがある方に適しています。
4.体温調節異常による不眠
体温の調節と睡眠には密接な関係があることが知られています。
眠りに入る時には皮膚の血管が開くことで熱を逃がし、体温が下がります。これにより、脳の温度も下がりスムーズに眠りに入ることができます。
足が冷えて眠れない、あるいは逆に布団に入ると足がほてって眠れないという方は少なくありません。
いずれも体温調節の異常による不眠症です。
手足の末端の冷えが強い方には当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう)が適しています。ただし、当帰四逆加呉茱萸生姜湯の味は大変飲みにくいため、苦みの強い呉茱萸(ごしゅゆ)が配合されていない当帰四逆湯(とうきしぎゃくとう)から始めるのも手です。
手や足がほてって眠れない方には三物黄芩湯(さんもつおうごんとう)が適しています。三物黄芩湯も苦みが強く飲みにくい漢方薬のひとつですが、手足のほてりを改善できる唯一無二ともいえる優秀な処方です。
不眠症は漢方薬で体質から改善しましょう
実は、ここまでに紹介した漢方薬の効能効果には必ずしも「不眠」と記載されているわけではありません。
「眠れない」という一点だけにこだわるのではなく、体調全体を広く見渡して、「なぜ眠れないのか」を考え、改善していくのが漢方治療です。
当薬局へは、「眠れないのは辛いけど、向精神薬は絶対に服用したくありません。」という方や、「服用している睡眠薬を少しでも減らしたいです。」という方からのご相談が多く寄せられています。
薬剤師として西洋医学の睡眠薬を否定するつもりはありませんが、やはり長く飲み続けていい薬だとは考えていません。
まずはお気軽にご相談ください。