機能性ディスペプシア(FD)とは

胸やけや胃もたれなどの症状が慢性的にあるのに、内視鏡などの検査を行っても、炎症や潰瘍などの異常が見られない状態をいいます。

最新の国際的な診断基準(RomeⅣ基準)では、機能性ディスペプシア(FD)は、下記のように定義されています。

症状の原因となりそうな器質的な疾患がないにも関わらず、

①食後の胃のもたれ
②早期満腹感
③みぞおちの痛み
④みぞおちの焼ける感じ

①から④の症状のうち1つ以上があり、その症状がつらく、生活に影響を及ぼしている。その症状は6カ月以上前からあり、週に数回程度症状があることが3カ月以上症状が持続している。

機能性ディスペプシアが正式な診断名として認められたのは2013年のことで、それ以前は慢性胃炎や神経性胃炎などとされてきました。

機能性ディスペプシアは、胃もたれや早期満腹感が主にみられる食後愁訴症候群(PDS)と、みずおちの痛み、灼熱感が主にみられる心窩部痛症候群(EPS)の二つのタイプに大きく分けられますが、はっきりと分けられないケースもあります。

機能性ディスペプシア(FD)の原因

はっきりとした原因は分かっていませんが、胃の運動が十分でないこと、胃酸が出すぎてること、胃が知覚過敏になっていることが原因と考えられています。

胃の機能低下や異常には、ストレスが大きく関係していると考えられています。

また、睡眠不足や不規則な生活、過労、サルモネラ感染、ピロリ感染なども原因となります。とくに食生活の影響は大きく、脂っこい食事や激辛食品、大食い、早食いなどは胃に負担となります。

機能性ディスペプシア(FD)の漢方治療

機能性ディスペプシアは脾(ひ)と肝(かん)の不調

漢方医学では、内臓のはたらきや内臓どうしの関係を考える五臓(ごぞう)という考え方にもとづき、機能性ディスペプシアの原因と解決方法を考えます。

機能性ディスペプシアにおいては、とくに脾(ひ)と肝(かん)が深く関係していると考えます。

五臓図
肝(かん)自律神経を介した機能調節
ストレスに関連
体内の血液量を調節する
月経を調節する
心(しん)心臓や血液循環を整える
意識や精神を正常にする
睡眠に関係
脾(ひ)消化吸収の中心
食物から気を生み出す
血管を丈夫にする
肺(はい)呼吸機能の中心
気を生み出す
体液のバランスを整える
免疫を整える
腎(じん)成長、生殖、老化の中心
水の巡りを整える
泌尿器の中心
中枢神経系に関連
ホルモンなどを調節

脾虚による食欲不振、胃もたれを改善する六君子湯

漢方では、食欲不振や胃もたれ、早期満腹感などは脾(ひ)の機能低下であると考え、この状態を脾虚(ひきょ)と表現します。

※正確には、脾虚には慢性の軟便や弛緩性便秘など腸の疾患も含まれますが、本記事で割愛させて頂きます。

脾虚を改善する代表的な漢方薬として六君子湯(りっくんしとう)があります。

―六君子湯の効能・効果―

体力中等度以下で、胃腸が弱く、食欲がなく、みぞおちがつかえ、疲れやすく、貧血性で手足が冷えやすいものの次の諸症:胃炎、胃腸虚弱、胃下垂、消化不良、食欲不振、胃痛、嘔吐

六君子湯の効能をざっくりと表現すると、「胃の元気回復薬」です。

六君子湯に配合されている人参は、いわゆる薬用人参(朝鮮人参)です。人参は古来より滋養強壮の王様とも呼ばれ珍重されてきました。同じく六君子湯に配合されている茯苓(ぶくりょう)や白朮(びゃくじゅつ)とともに健脾(けんぴ)作用に優れ、胃を元気にすることで機能を正常化し、食欲不振や胃もたれなどを改善します。

また、近年の科学的な研究により、六君子湯のグレリンを介した胃運動機能改善作用や胃適応性弛緩促進作用、胃から十二指腸への排出促進作用などが明らかとなってきました。これらの科学的な研究の発展に伴い、西洋医学を専門とする医師の間でも機能性ディスペプシアの治療に六君子湯を採用するケースが増えてきているようです。

ストレスが胃の動きを阻害するー肝脾不和(かんぴふわ)

西洋医学においても、ストレスにより自律神経のバランスが崩れることで、胃の収縮異常や胃酸の過剰な分泌、胃の粘液分泌の低下などが起こることが知られています。

しかしながら、西洋医学では精神疾患と消化器疾患は別々の病態として扱われることが少なくありません。

消化器内科で、「なるべくストレスをためないように生活してね。」と言われて、「それが出来れば苦労はしないよ・・・」と感じたことがある方も少なくはないのではないでしょうか。

一方、漢方医学ではこころとからだを一つのものと考え、ストレスと胃症状を同時に改善する治療方針を考えていきます。

五臓(肝心脾肺腎)において、ストレスと関連が深いものは肝(かん)です。

肝には、ストレスを解毒する、自律神経を介した内臓の機能調節をする、などのはたらきがあります。

肝はストレスを処理する臓器ではありますが、慢性的なストレスが続くと肝の機能そのものが弱ってしまいます。その結果、全身の内臓の機能を調節するはたらきも低下してしまいます。

肝の不調が胃腸の機能異常を引き起こしている状態を肝脾不和(かんぴふわ)といいます。

機能性ディスペプシアの治療薬であるアコチアミド塩酸塩水和物(商品名:アコファイド)や、脾虚(ひきょ)を改善する六君子湯(りっくんしとう)を服用しても症状が改善されない場合、すなわち胃そのものへのアプローチだけでは症状の改善が見られない場合は、やはりストレスの影響が大きいと考え、肝脾不和としての改善アプローチが必要となります。

肝脾不和(かんぴふわ)を改善する漢方薬

肝の機能を助け、ストレスを緩和する代表的な生薬として、柴胡(さいこ)と芍薬(しゃくやく)があげられます。

柴胡はストレス軽減作用に加え、炎症を鎮める作用もあります。芍薬はストレス軽減作用に加え、消化管や筋肉の過緊張や痙攣を鎮める作用があります。

柴胡と芍薬が配合された漢方薬として、柴芍六君子湯(さいしゃくりっくんしとう)や四逆散(しぎゃくさん)、柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)などがあります。

それぞれの特徴として、

  • 柴芍六君子湯は、ストレスによる食欲不振が強い方に適しています。
  • 四逆散は、ストレスによる胃の痛みが強い方に適しています。
  • 柴胡桂枝湯は、胃の症状だけでなく、睡眠障害や疲労感、頭痛やめまい、情緒不安定など自律神経の乱れを感じる方に適しています。

ストレスから胃を守る芳香性健脾薬

薬の世界において強い薬、弱い薬という表現は適切ではありませんが、上述した六君子湯、柴芍六君子湯、四逆散、柴胡桂枝湯などは、比較的「しっかり効かせる」という印象の薬です。

薬は必ずしも強ければ良い、というものでもありません。もともと虚弱な方や、機能性ディスペプシアの症状が長引いて体力の衰えた方には、より作用が穏やかで優しい薬の方が適している場合があります。

アロマテラピーのように香りの力でやさしくストレスを緩和し、胃腸の機能をサポートする生薬を芳香性健脾薬(ほうこうせいけんぴやく)といいます。代表的な生薬として、縮砂(しゅくしゃ)、藿香(かっこう)、白豆蔲(びゃくずく)、木香(もっこう)などがあげられます。

香りのよい生薬が配合された漢方薬として、香砂六君子湯(こうしゃりっくんしとう)、香砂養胃湯(こうしゃよういとう)、香砂平胃(こうしゃへいいさん)などがあります。

おわりに

ひとことに「胃薬」といっても、漢方には実に多くの種類の胃薬があります。

実際にドラッグストアや通販で漢方薬を購入して飲んでみようと思っても、どの商品にも「効能効果:食欲不振、胃痛、胃もたれ」と記載されているため、どれを選んだらよいのか分からなかった、という経験がある方もおられるのではないでしょうか。

機能性ディスペプシアは漢方が得意とする疾患ですが、その改善のためには、やはり体質に合った漢方薬選びがカギとなります。

明鏡堂の漢方相談では、ていねいに症状や体質をうかがい、ぴったりの漢方薬をご提案させて頂きます。

まずはお気軽にご相談ください。